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グレーな卵、金の卵になあれ

LGBTも発達障害もマイノリティー

hinamama 2014年06月30日 

 

今夜はブログを書かずに
TBSの「私の何がイケないの?」
を観てしまいました。

 
レズビアンの同性婚のドキュメントをやっていて、
引き込まれていました・・・

 
何でも、全国の小・中・特別支援学校の生徒の調査によると、
20人に1人の割合で性同一性障害がいるのだとか。

 
私も中学時代に
自分が女性であることが許せない時期がありましたから、
病気半分、悩み半分な子も含まれているとは思います。

 
いずれにしても、
これはタブーにしては済ませられないことだと思います。
発達障害もマイノリティーです。
LGBT(性的少数者)もマイノリティーです。
共感することが多くあります。

 
番組では、最初にレズビアンのカップルが
手をつないで登場したとき、
ゲストの芸能人たちが
奇異な目をして彼女たちを見ていました。
ジロジロというか、
さりげなくジロジロしてしまうというか・・・

 
でも、VTRを見ながら、
彼女たちがどれだけ悩んだか、
どれだけ真剣に悩みと向き合ってきたかを
見ているうちに、
ゲスト出演者たちは涙ぐんでいました。
感動していたのです。

 
西川女史が言っていました。
「レズって、気持ち悪いと思っていました。
でも、今は違う。」
事情を知れば理解できるし
反対のしようがないといったコメントでした。

 

LGBTを理解・支持できない人は、
発達障害も理解・支持できないのではないかな。

 
そんな感想を持ちました。

 
正しいとか間違ってるとか、
そんなものさしで考えていたら、
今の世の中
良くならないのではないでしょうか。

 
生まれつき性同一性障害の人だっている。
ホルモンバランスが悪くて
生理が重すぎて
女性であることを嫌悪したのが
きっかけになる人だっている。
あまりにも厳しくしつけられたために
セックスの理解がかえって歪む人だっている。

 

正しいとか間違っているとかの問題ではないです。

 

フランスとかアメリカみたいに、
絵本でお父さんが二人とか
お母さんが二人とか
そういう設定の本が子供向けにできている、
日本もそうなるといいですね。

 

 

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心に響く当事者の言葉

hinamama 2014年06月27日 

 

子どもの頃はアスペルガーだと認識されずに、
「普通に」厳しく育てられた女の子。

 

「普通に」いろいろなことを要求されたので
二次障害に苦しみました。

 

今は数々の苦しみを乗り越えて、
一般採用でパートをしています。

 

必要に応じて
同僚や上司には
自分の特性について説明しています。

 

その人の言葉です。

 

「昔は、この先、あんなこともできるかも、
こんなこともできるかも、と
色々な可能性を信じて想像していたけれど、

 

今は、
「これっぽっちしかできない」、と
思って生きている。

 

「これしかできない」、と思うのは
はあーっ、なんだかな、と、
ため息が出ちゃうけど、
それでも、あれもこれもと考えていた方が
苦しかった。

 

「これしかできない」という中で、
精いっぱいやることの方が
落ち着いて過ごせるし
満たされる。」

 

素晴らしいでしょう?

 

彼女の真面目で勤勉な性格から、
職場にはたくさんの味方がいます。
もちろん、入った当初は特性を理解してもらえず、
いじめにもあいました。
でも、今は味方しかいません。

 

一度にいろいろな仕事を頼まれ
パニックになり泣き出すことももあります。
でも、そんな時は肩をたたいて励ましてくれる人がいます。

 

休みの翌日、
「おー、しばらくぶりだな、海外でも行ってたか?」
なんて、からかってくれる上司がいます。

 

しばらくぶりだなんて言ってもらえるのは、
彼女に存在感があるからにほかなりません。
彼女の笑顔を見ると、
一緒に苦楽を共有できたことに
喜びを感じます。

 

感動を分けてもらえてありがとうです。

 

 

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新しい病名なんて親は知らなくても大丈夫ですよ

hinamama 2014年06月26日 

 

「~障害」という言葉がなくなる
「~症」という呼び方になる
「アスペルガー」という文字が消える

 
もう耳にした人は多いかもしれません。
DSM(アメリカの診断基準)の大幅な改定のことです。

 
でもね、親御さんたちは知らなくて大丈夫ですよ。

 
今までだって変わってきたし、
今回のこともファイナルってわけじゃないです。

 
重ね重ね言いますが、
名前が変わったって、
自分の子どもが変わるわけじゃないです。

 
そもそも「DSM-5」というのは、
アメリカ精神医学会が作った
「精神疾患の診断と統計のためのマニュアル」
という本のことです。

 
アメリカは学術の世界において世界の先導役を務めています。
学術論文はこのDSMの基準にのっとって書かないと
論文として認めてもらえないので、
世界中の人がこの基準をもとに
論文を書くわけです。

 

だから、医者の間での共通言語になっているわけです、
DSMが。

 

それだけのことです。

 

ですから、医者や心理関係、福祉関係の
スペシャリストたちが
共通認識を得るために使う
共通言語にもなっているわけです。

 
DSMは研究を深めるための共通言語なのです。
専門家たちのコミュニケーションツールです。

 
私たち当事者に必要ありますか?

 
私は必要を感じたことがありません。

 
手帳とか、障害者年金とかを取る時だって、
私たちは病名をしらなくても
それを取ることができます。
担当医が書類に病名を書き込めば
それで通ってしまう。

 

コミュニケーション障害があったら「自閉スペクトラム」
学習で困っていたら「LD(学習障害)」
行動面で困っていたら「ADHD」
このくらいのすみわけで十分ではないですか?

 

この3つを押さえれば、
「グレー」という言葉もいらなくなります。
厳密に言えば。

 

だって、グレー(診断がついている)だろうが
グレーでなかろうが(診断がついていない)、
自閉スペクトラムかLDかADHDってことには
変わらないでしょう?
乱暴な言い方だったでしょうか?
そのくらい割り切ったほうが、
子どもを支援しやすいのではないかな、
と最近は思います。

 

だって、障害かどうか、なんて、
流動的だし、人それぞれなのですから。

 

「障害」なんて言葉、
使う必要がある時だけ「使えば」いいんです。
自分の都合で使っていいのだと思います。
「症」という言葉も同様です。

 

人に決められて使うものではなく、
自分で決めるものだと思います。

 

ただし、ここでややこしくなるのが日本語ならではなんですが、
「障害」は自分で決めるものだと思うけれど、
「症」となると、やはり医者が決めるもののようなニュアンスがあります。
「症」は治る病気、というニュアンスがあるのも問題だと思います。

 
いやはや、難しいです。

 
もう一つ注目すべきなのは、
今まではDSMを翻訳する人が
翻訳したものをそのまま載せたらしいのですが、
今回は、
ちゃんと病名を決める委員会みたいなのがあって、
(政治みたいですね)
その人たちが決めるらしいのです。

 

まあ、どちらでも関係ないですかね?

 

教育の世界みたいに、
ここまでもモンペアの機嫌取りみたいに
ならないといいのですが。

 

DSMに「障がい」という文字が登場する日も
近いかもしれませんね。
(「障がい」を否定するつもりはありませんが、
過敏に配慮しすぎのような気もします)

 

 

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記憶が線にならず、明日を想像できない

hinamama 2014年06月24日 

 

東田直樹くんの本の続きです。
(「風になる」 ビッグイシュー日本
P.48-49より)

 
僕にとって、
毎日が新しい自分だというのは、
昨日の記憶が消えてしまうからではありません。

 

記憶は残っていますが、
過去の中でどの位置にあるのかが
わからないのです。
朝を迎えることは、
今日の僕がそこに存在するだけです。

 

思い出を振り返った時、
普通の人は、
当時の自分が小さかったとか、
何歳くらいだったかでも、
記憶を並べられると聞きました。
僕はそういうこともできません。
なぜなら、思い出を振り返っても、
昔の僕は登場しないからです。

 

そこにいる僕は、いつでも今の僕なのです。

 

正確にいうと、
今の僕も思い出の中に登場するわけではなく、
今の僕が当時の場面をのぞいています。

 

アルバムを見ると、
写真に写っているのは小さい頃の僕だと
理解はできます。
また、僕の頭の中の記憶と
重ねることも可能です。

 

けれども、その頃の僕を
客観的に見ることは難しいです。
それは、アルバムの中の僕と、
今の僕は同じ僕だからです。
いくら見かけが変わっても、
僕であることに違いはありません。
ですから、
記憶の中にも今の僕しか現れないのです。

 

そして、何をしたかではなく、
僕がどう感じたのかが、
記憶の中で最も重要な事項になっています。

 

自閉症者で、カレンダーを使って
予定を書き込むと安心する人も、
連続性としての日にちの感覚がないからだと思います。

 

普通の人でも、たとえば十年先に、
自分や周りの人がどうなっているのかを
不安に感じることがあるのではないでしょうか。
明日の予定を書いて安心するのは、
僕たちには明日のことも十年先のことも
同じだからです。

 

明日という日が今日の次にきて、
僕はその日も今と同じように暮らしている。
決まりごとのような毎日があることが、
心の安定につながります。
明日何が起きるのか期待するのは、
明日が見えない僕には
難しいことでした。
普通の人は記憶を8ミリフィルムで保存する。
自閉症の人は記憶をスライド写真で収納する。

 

以前ブログでこう書きましたが「『記憶』に問題があるから『指示』するのよ」
どうやらそのことを言っているようですね。

 

私が興味深いと思ったのは、
東田くんにとっては「何をしたかではなく、
何をどう感じたか」ということの方が
重要だということです。

 

私たちはとかく、自閉症の人は
具体的な事項にこだわると思いがちです。
でも、そうではなく、
「何をどう感じたか」を
記憶しているというのです。
「何を感じたか」の方が出来事より大事だとしたら、
興奮して自制がきかなくなって
大声を出したり体が動いてしまうのも
わかるような気がします。

 

しかも、
記憶と記憶が線でつながっていないとしたら、
なおさら頭の中は
わけがわからなくなるでしょう。

 

想像しただけで「うわあーっ!」となりますね。

 

こうやって噛み砕くように解釈していくと、
自閉症の特性や行動に
不思議がなくなっていきます。

 

障害なんだけど、個性なのだと思います。
個性なんだけど、障害になることもある、という方が
より正確でしょうか。
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自閉症の精神世界ひとそれぞれ

hinamama 2014年06月23日 

 

昨日に引き続き、東田直樹くんの本から。

 
「記憶が線にならず、明日を想像できない」
(「風になる」自閉症の僕が生きていく風景
より  ビッグイシュー日本 出版)

 
普通になれないことが、
悲しいことばかりではないと僕が言いたいのは、
自閉症が治らない障害だからではありません。
僕にとって自閉症とは、
僕自身を表す言葉ではないからです。

 

今の僕は、日本人であり、高校三年生であり
(執筆当時)、作家である十八歳の男性です。
運動音痴で不器用ですが、
自然が好きで、
いつも頭の中でいろいろなことを
空想しています。
そんな僕の個性の一つが自閉症なのであって、
自閉症であることが僕のすべてではないのです。

 

けれども一部の人は、
自閉症であることで、
僕のすべてがわかったように
判断してしまいます。
それとは逆に、
自閉症であるがために、
僕のすべてが理解できないという人もいます。
それが、僕を誰だかわからない人間にしていることに、
みんなは気づいていません。

 

僕という人間を先入観なしに見てください。
そこからすべては始まるのではないでしょうか。

 

普通の人のように
自分で何でもできれば、
今よりもずっと、
僕は生きやすい人生を送れるとは思います。
しかし、今以上幸せになれるかどうかは
わかりません。
そう考えられるようになったのが、
とてもうれしいことなのです。

 

幸せは、自分の心が決めるものです。
いくら周りから見て、
その人がかわいそうであっても
気の毒そうに見えても、
本人が幸せならいいのだと思います。
しかし、どんなに幸せでも、
それが永遠に続かないのも事実です。
人生は、未来に向かって動いているということを
僕はしっかりと認識しなければなりません。

 

僕には、明日が想像できません。
記憶が線でつながらず、
点のような感覚だからです。
明日という日は、
今日の続きではないのです。

 

たぶんみんなは、連続テレビドラマのような
毎日だと思いますが、
僕の明日は、
新しい自分がそこにいるだけです。
では、新しい自分とは、
どのようなものでしょう。
(続く) P.46-47より引用
新しいDSM-Ⅴでは、
アスペルガーという言葉がなくなるといいます。
みーんなまとめて「自閉スペクトラム症」になるそうな。

 

東田くんの文章を読むと、
あまりに豊かな精神世界がくり広げられているので、
「自閉症」という概念があいまいな方が、
自閉症への理解が深まるかもしれない、と
思ったりします。

 

あまり細かい区分がない方が、
自閉症理解のために私たちの洞察力が必要とされ、
自閉症への偏見が減り
お互いの理解が深まるのかもしれない。

 

そもそも、自閉症スペクトラムの人たちのタイプは
千差万別です。
いくら細かく名前を分けても
表現しきれるわけがない。

 

言葉という障壁があるがために
すべての自閉症の人の
精神世界を理解できないのが残念です。

 

 

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東田直樹くんを知っていますか

hinamama 2014年06月22日 

 

東田直樹くんは自閉症で作家です。

 

「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」という本は
外国語に翻訳されて
世界中で読まれています。

 

すばらしい感性の持ち主であり、
自閉症の世界と健常者の橋渡しをしてくれる人です。
彼はもう成人しています。
自閉症のために言葉が出ない子どもでした。
それが4歳の時、
「文字表現」という方法をあみだして、
文章や詩を書くようになります。

 

そして、その文章を通して
コミュニケーションをしています。

 

紙にパソコンやタイプライターと同じ
キーボードを書いて、
そのキーを指で打ちながら、
ひと文字ひと文字を言葉にしていきます。
そうすれば発声が出来るのです。

 

逆に言うと、
そうしないと自然発生的には
言葉が出せないのです。
それにもかかわらず、
彼の表現世界はものすごく豊かです。
「カードと絵本」
(「自閉症の僕が残してきた言葉たち」より)

 

「しゃべることのできない僕がなぜ、
こんなに文章を書けるのか
不思議に思っていらっしゃる方も多いと思います。
それには、理由がふたつあると考えています。

 

ひとつは、とても小さい頃から
お母さんが僕に言葉を教えてくれたことです。
物には名前があるということを、
僕はカードで知りました。
カードは数え切れないくらい見たと思います。
それが実物と一致するのにしばらく時間がかかりました。
僕の中では、3才くらいの時
「りんご」というカードをお母さんが持っていて、
本物のりんごを横に並べて
いたのが記憶に残っています。
カードと本物のりんごが一致したのは、
まるでたくさんあるくじの中から
当たりを引き当てるようなものでした。
僕の頭の中で急に
当たりがどれか分かった感じです。
1枚でも分かると、
あとは実物がカードと同じだと
意識すればいいだけです。

 

中略

 

ふたつ目の理由は、
お母さんが本を読む楽しさを
僕に教えてくれたことです。
僕は、最初本の意味が分かりませんでした。
特に、絵本は言葉も少なく
言葉の裏にあるものを、
絵をみながら想像しなければなりません。
僕にとっては、辞典のような事実を
知ることについては理解できますが、
絵本を読んで想像するという意味が
良くわからなかったのだと思います。
僕は、お母さんが絵本を読もうとすると、
すぐに逃げ出していました。

 

お母さんは、たくさんの本を図書館から借りてきては、
僕に読んでくれました。
絵本を読んでも僕が聞かないので、
お母さんは、僕が動かない寝る直前に読んだり、
おやつの前に読んだりしていました。
たくさんある絵本の中で、
きっと僕の気に入る絵本が見つかると
思っていたのでしょう。

 

しかし、いくら読み聞かせをしても
僕は聞こうとしませんでした。
すると、お母さんは
僕や家族が写っている写真をつかって、
手作りの絵本を作ってくれました。
写真をめくるとそれに合った短い文章が
書かれてあるのです。

 

僕は最初、手作り絵本を
アルバムだと思っていました。
お母さんが何度も読んでくれたおかげで、
その文章は写真のことが書いてあることに
気づきました。
手作り絵本は、日常生活の中で
僕が体験していることを書いているので、
僕にも意味がわかりました。
それを読んでいるうちに、
その時の楽しい気持ちや
おもしろかったことを思い出しました。

 

それからしばらくして、
ある1冊の絵本を読んでもらっていたときのことです。

 

主人公のクマのやっていることが、
僕の普段やっていることと同じだと
気づいたのです。

 

絵本のクマがスパゲッティを食べる場面です。
そして次にクマがフォークで
自分の口を刺してしまうのを見て、
思いがけないシーンに
僕は大笑いしました。
僕もスパゲッティは食べるけれど、
フォークで口を刺すことがないからです。

 

この絵本は、僕のお気に入りになりました。
こうして、少しずつ僕にも
好きな絵本が増えていきました。」
(P.92~95)

 

東田直樹くんは
たくさん、詩やショートストーリーを書いています。

 

次の詩は、
私が読むたびに泣きそうになる詩です。

 

「夢」

 

僕は昔 夢を見た
クラスの中で
みんなと笑って
話している

 

夢から覚めた時、
僕は泣いた

 

 

「学校」

 

みんなが ワイワイ
「うるさい うるさい」
勉強 体育
「できない できない」
なぜ 僕のこと笑うの?
僕は ここにいていいの?

 

友達が 僕に声をかけてくれる
友達が 僕を仲間に入れてくれる

 

そんな時
学校が好き

 

 

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発達障害が増える理由・「障害」でも「症」でもいい

hinamama 2014年06月20日 

 

LD学会の学会誌の中から。
横浜市で学会があった際に、
シェルター券が使える(ホームレス利用可)いわゆる
「福祉の宿」を利用した
神山忠先生のお話が載っていました。
その宿でのお話です。
「横浜の街。豪華客船も入港し華やかな町。
そこには、パイロットを含めエリートなクルーがいる。
そこに目が向きがちだが、機関室には
すすや機械油にまみれて機関士がいて、
荷物の積み下ろしをする
日雇いの労働者がいる。

 

中略

 

その方(シェルターとして利用していた人)
と話していたらその方も昔は
船長を夢見ていたと言われた。

 

でも、その夢はかなわなくても、
今の仕事に誇りをもって取り組めていることに
感じるものがあった。

 

言い尽くされた言葉だが、
「夢をかなえることだけが幸せではないんだ」。
ついつい子ども達を苦労なく幸せに
過ごせるように育てようとしていたな。
そうではなく、
「どんな状況下でも幸せになれる子を育てないと」
と今回の横浜でのLD学会で実感することができた。

 

転ばぬ先の杖が必要なのは、転んだらおしまいな社会だから

 

転んでも起き上がりやり直せる社会になれれば、
多様な学び、多様な人生、多様なゴールと
なるのではないか。
それが勝ち負けのない人生となり、
誰もが自分らしく生きられる社会になるのでは
ないだろうか。」

 

たぶん、この神山先生は、
私と同じ、子どもと青年時代を
どっぷり昭和の時代で過ごした
アラフィフの世代なのだと思います。
彼は古今の変化をこう語っておられます。
この変化は、そのまま、
発達障害児がなぜ今増えているのかの
答えになっているのではないかと思います。

 

「登校時:(昔)道草ができた。(今)集団登下校で
隊列を組まないといけない。

 

就学時:(昔)入学時に読み書きの練習が始まる。
(今)入学時にはひらがななど処理できていないと困る。

 

授業:(昔)脱線することがあり、
実生活と結びつけることができた。
(今)教科書通りで生活と遊離してイメージしにくい。

 

教科書:(昔)白黒で一回り小さく情報量、机上に置きやすかった。
(今)カラーで紙質にてかりがあり目が痛く、
大きくなり情報量も増えた。

 

喧嘩:(昔)喧嘩両成敗で喧嘩するほど仲が良くなれた。
(今)喧嘩したらもうおしまい。喧嘩できるだけの
人間関係のベースすらない人間関係。

 

社会:(昔)やり直せる人生で新卒でなくても大丈夫な社会。
(今)新卒優先、やり直しや失敗が許されにくい社会。」

 

本文からそのまま写したので、
少し読みにくかったかもしれません。

 

でも、とにかく
昭和と平成ってこんなに違う。
発達障害が増えるのも納得してしまいます。

 

だからといって、時代の流れを
憂いていても始まりません。
でも、少なくとも、
時代の流れを悲観しても仕方ない。
これだけ認識が違っているのです。

 

とにかく、時代は変わる。
社会的認知も変わる。
(DMS-Ⅴの障害の認識もすごく変わりましたね)
それでも、目の前の自分の子どもは変わらない。
あまり、世の中の変化に敏感にならないように。
自閉スペクトラム症だろうが、
ADHDだろうが、
「障害」だろうが「症」だろうが、
目の前の子どもは何も変わらないです。
個人的には、どっちでも関係ないと思っています。

 

 

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4月からは頑張ると言っていた子は

hinamama 2014年06月18日 

 

「4月からやり直してみる」
「4月から学校に行ってみる」
今までずっとリセット状態だったのを
4月からはスイッチをオンにするという選択をした子どもたち。
沢山いると思います。
そのような場合、
4月から気合が入っています。
子どもと同様、親にも気合が入っています。
気合が入っている時というのは
期待も大きいものです。

 

期待が大きいということは・・・

 

失うものもあるということです。

 

それから、子どもがスイッチをオンにした時。

 

子どもがスイッチをオンにしたとき、
期待しない親なんていません。
期待するのは当たり前です。

 

そしてその期待が外れたときは、
親は目の前が真っ暗になってしまいます。
絶望してしまう人もいるでしょう。
子どもだって目の前が真っ暗になるでしょう。
経験が親より浅い分、
真っ暗闇に戸惑ってフリーズしたり
ポーズ(停止)してしまうでしょう。

 
でも、その暗闇は、長い目で見れば、
連続性のある人生のなかの
タイミングのひとつです。
親にとっても、子にとっても。

 
今はビデオを観る人はいなくなったかもしれませんが、
ビデオって、一時停止したままにすると、
しばらく時間がたつとまたテープが回り始めますよね。
それと同じです。

 
人間はビデオデッキではないので、
一時停止が解除されるのは
一定の時間という訳にはいきませんが、
一時停止した時には、
一旦リセットして、
期待していることがあればそれを棄てて、
期待を「無」にしておく。
期待もリセットするんです。

 

 

親が期待を棄てて「無」になると、
子どもって空気でそれを感じたりします。

 

 

もちろん、感じない子もいるだろうけれど、
親子って、以心伝心なところが
必ずありますから、
親がまずリセットして「次の準備」をして損はありません。

 
「次の準備」というのは、
リセットした後のスタートの準備です。
準備といっても、
やることはほとんど思い浮かばないかも。
リセットしたのだから、それで正解です。

 

 

子どもの後ろにまわって、
息をひそめて、
人差し指を立てて、
スタートボタンを押すスタンバイだけしておく。
このくらいですかね。

 

 

ボタンを押すのは手伝ってあげる、
そんなイメージでお願いします。
「そろそろ再生押さないと、ビデオテープが伸びちゃうよ」
なんていう声掛けもしてあげるといいかもしれませんね。

 

 
※今日お話しした子どものタイプや対象年齢は、
すべての発達障害の子どもにあてはまるとは限りません。
こだわりの強さや感覚過敏による不登校は
この記事にはあてはまらない場合があります。

 

 

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少子化、財政難が発達障害児の追い風に?

hinamama 2014年06月17日 

 

日本LD学会の学会誌を読んでいました。

 

特別支援教育をはじめとした、
教育環境についての研究論文がのっています。

 

 

日本は世界にならって、
今後は「インクルーシブ教育」に移行するらしいです。
定型発達と発達障害を分けて
発達障害児には特別な教育を授ける。
こういう今までの特別支援ではなく、
定型も発達もともに共生しながら
相互の成長を促すといった考え方です。

 
これには理由があるそうです。

 
日本が抱える借金の現状や
人口の減少、
高齢化にともなう年齢構成比の変化、
増加を続ける外国人の人口比、
こういった動向を考慮すると、
税金を納めることのできる生産人口を
増やしていかなければならないのです。

 
そのために、多様な人を包含していかなければ、
日本が崩壊してしまう可能性もある・・・

 
と書いてありました。

 
言い方を変えれば、
定型と発達を分けている場合じゃない。
そして、障害者や外国人も貴重な人的資源だから、
がんばってもらって生産性をあげてもらわないと。
ということなのだと思います。

 
いいじゃないですか。
必要とされているということですよね?

 
日本に経済的余裕がなくなってきたわけですが、
障害者を生産者の仲間に入れるのであれば、
社会参加のバリエーションを増やしてくれないと
これは実現しないことなので、
やってくれるということですよね?
社会参加のバリエーションの拡大。

 
厚生労働省、法務省、文科省、
実行してくださいよ。
お願いします。

 

 

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原因と方法はわかっているのに・・・

hinamama 2014年06月15日 

 

「非行」「問題行動」
連日のテーマでコメントをいくつかいただきました。
とてもありがたいです。

 
同じ立場から経験談を持ち寄ることは
きっと人の心に訴えるものも大きいと思います。
説得力がありますから。

 
同じ親の立場。
同じ、傷ついた経験がある親の立場。

 
私がかわりにまとめると・・・

 

子どもが問題行動を乗り越えつつある、
あるいは子どもが最悪の状態から回復しつつある、
そんな先輩ママたちは、
きっとこんな風に感じていると思います。

 
―表面化する「問題行動」は環境によるもの―

 
二次障害というのは、もともと持っている特性が変容するのではなく、
ストレスなどの環境要因が引き起こす症状です。

 
「問題行動」や「非行」すべてが二次障害ではないかもしれませんが、
環境により軽減できることはきっとあると思います。

 
でも、地域によっては
動いてくれる教育委員会もあれば
ちっとも動いてくれない教育委員会もある。
担任教師も同じこと。

 
原因と方法はわかっているのに、
それを実行できない苛立ち・・・
これを多くの人たちが感じているんですよね。

 
私も苛立つし、もどかしいです。

 
でも、少なくとも、この場では、
地域差を超えて、同じテーマに向き合っていきたい、
そう思っています。

 
これからも情報交換をよろしくお願いします。

 

 

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