~Skype&電話でお子さんの発達支援。ペアレント・トレーニングも開催~

グレーな卵、金の卵になあれ

注意欠陥の子どものお留守番

hinamama 2014年07月31日 

学校がない夏休み。
ママが働いていると
子どもはお留守番ですね。

 

食事や戸締り、どうしていますか?

 

心配ですよね。
鍵は閉めたかしら、
ガスは使ったかしら、
ちゃんと食べているかしら、
残ったものは冷蔵庫にしまってくれたかしら・・・

 

もう何年も前ですが、
私が「ただいまー」と帰って来た時、
玄関の前にうちの鍵が落ちていて、
「あらやだ、これじゃあ開けてくださいといわんばかり」
と思ってドアノブを回したら、
開けるどころか鍵は開いたままでした。
家の中は誰もいない・・・

 

犯人をつきとめたら、
これが長男の仕業で。
遅刻・忘れ物ゼロの長男でもやるんです。

 

親の期待通りにはいかないものです。
だからなおさら、子どもを信用できなくなるので
ついつい過保護になってしまいます。
本当は自分で生きる力を
身につけてほしいのに、
いつまでも手をかけてしまう。

 
みなさんは
留守中のお子さんにどこまでを許していますか?

 
台所で火を使うこと。
これを許すのに一番勇気がいるのではないでしょうか。

 
許したとしても、せいぜいお湯を沸かすことくらいしか
最初はできないので、
カップラーメンを作る程度になります。
でも、お昼にカップラーメンじゃあ
栄養がないから、
やっぱりちゃんとお弁当やおかずを用意しておこう、
という家庭が多いのだと思います。

 

私もそうしていました。
でも、でも、という気持ちもいつもありました。
これって、何歳までやっていいのだろう?

 

栄養が摂れなくても、
火を使えるほうが大事なんじゃないだろうか?

 

でも、注意欠陥がある子に
火が任せられるだろうか!
無理無理!

 

しばらくの葛藤ののち、
まずは私が見ているところで
カップラーメンを作らせたりすることから
始めることにしました。

 

次男が6年生の頃だったと思います。

 

ちゃんとできました。
それを見届けてから間もなく、
留守中にお弁当を置かずに
「今日はカップラーメンで済ませてね」
と言ってでかけてみました。

 

そうは言っても、心配で放っておけず、
昼頃、「ガス台消した?」と電話しました。
「消したよ、大丈夫」とのこと。

 

そのうちに、私のほうがコトに慣れてきました。
こっちのほうが慣れてしまえば、
どうってことなくなります。
それに、おかまの保温スイッチ程度だと
忘れますが、
ガスの火となると、
緊張して集中するので
忘れないみたいです。
その次男も高校生。
できればレベルアップして
チャーハンでも作ってくれればいいのですが、
まだおかゆや具なしの雑炊どまりです。

 

夏の食欲不振や
寝坊も原因なのでしょうが、
最近は、
「お昼は自分でやるから
何も用意しないでくれ」と言います。

 

え~、そんなの心配。
ただでさえ好き嫌いが多くて小食なのに。
どうせ、おかゆつくって
好きなザーサイとかラー油とか梅干しとか
のせるだけでしょ・・・

 

と思うのですが、
ここはあえて、本人の意思のほうを
尊重するようにしています。

 

昔はしょうゆかけごはんとか
豆腐まぜごはんとか、
そんなもののほうが美味しかった記憶が
私にもあります・・・から。
禁断の、栄養のない家庭内ジャンクフード。
なるようになれ、
なるようにしかならない、
なるがままにする、
それに慣れれば、
ちゃんとなるようになる!
これが私の
人生の五段階活用です。
なんちゃって。

 

 

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「個人的な体験」もはずせない

hinamama 2014年07月30日 

昨日は本の紹介をしました。
女流作家の現代文学を紹介しました。
でも、なんといってもこの本ははずせないと思って
また、本の紹介です。

 

大江健三郎の「個人的な体験」です。

 

ご存知の方も多いとは思いますが、
ご存じない方のために紹介します。
ぜひ読んでみてください。
古い作品なので少々読みにくいですが・・・

 
産まれた子どもが障害児だった
という男の物語です。
「障害の受容なんてありません」
という記事を以前書きましたが、
これは「障害」と向き合った数少ない文学です。
主人公が子どもを受け入れられず
苦悩する激しい物語です。

 
大江健三郎の息子に知的障害があることは
有名だと思いますが、
自分の体験にもとづいた苦悩が
描かれているのでしょう。

 
ノーベル文学賞を受賞した
世界の大江です。
主人公の名が「鳥(バード)」というんですよ。
なんとも文学的ではないですか?
こういうことをさらりと書けるのは
戦後文学ならではなのかもしれませんが、
この頃の文学は今でも新しさを感じます。

 
ぜひぜひ、子を持つすべての親に読んで欲しいです。
この夏トライしてみませんか?

 

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小説に欠かせない人たち、それは

hinamama 2014年07月29日 

夏になると、自分にご褒美というか、
日常の中に少しだけでもいいから
バカンス気分を味わいたくなります。

 
それで私は、
夏は女流作家の小説を読みたくなります。
よしもとばなな、江國香織、角田光代、、、
彼女たちの作品は、自由で直観的で、
日常を飛び出して
私をリゾート気分にさせてくれます。

 
読むたびにいつも思うのですが、
女流作家の小説の中には
かなり個性的でマイペースな登場人物がいます。
実際に身近にこういう人たちがいたとしたら
かなり目立つし浮くであろう
凸凹な人たちです。

 
友達を作らず、学校にも気が向かないと行かず、
それでも自分の喜びには貪欲で、
どうしたら楽しめるかを知っている女の子。

 

成人しても淡々と毎日の仕事を繰り返し、
昼食後には何年も、駄菓子屋の「カルミン」を
食べることが日課になっている女の子。
何年も食べ続けるところがすごく変ですよね。

 

男性にもいます。
奥さんの人となりには興味がなく、
奥さんに着せる服に興味があって、
紅茶は自分で入れたものしか飲まない人。
自分で決めた時に、紅茶やお気に入りのクッキーが切れていたら
奥さんに買ってこいとわがままを言う人。

 
この男性には好感が持てませんが、
女性たちに関しては
とても好感が持てるのです。
そして、彼女たちが
小説に鮮やかな色どりを加えるのです。

 
冒頭に「実際にいたら浮くだろう」と書きましたが、
実際は結構いるのかもしれませんね。
人生の色どりを加えてくれる人たちは
そういう人たちなのでしょうね。

 
たとえば、よしもとばななの作品。
相当直観でものを書いている作家です。
直観と直観をつないでいくと
それが線になってつながって、
理路整然としてくるのです。
そして読者はなんともいえない爽快な気持ちになります。
つまりは、理屈など必要なく、
直観で生きていけば人生は一本の線でつながるんだ、
というメッセージを受け取るのは
私だけでしょうか?

 
そして、江國香織。
この人の作品は純粋な青春小説と
大人の恋愛小説に分かれますが、
どちらもやわらかな口調の展開の中で、
自分の常識をくつがえされるような衝撃を受けるのです。
おとぎ話を読んでいるのに
読後感がノンフィクションだった、というような衝撃。

 

今年の私のおすすめは
江國香織ですかね。
入門編としておすすめなのは、
「神様のボート」。
上級編で、常識をくつがえしてもらいたい人、
刺激が欲しい人は
「がらくた」。

 

読後感には個人差があるので、
ブックオフで購入することをおすすめします。

 

 

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幼稚園に入って初めての夏休み

hinamama 2014年07月28日 

昨年度、個別心理相談に訪れた子のうちで
4月から幼稚園に入園する子には、
「幼稚園に入ってからの様子を聞かせてね」
と言って、夏休みの来所をお勧めすることが多いです。

 

年少さんで入園して、
園バッジをつけた子が続々とやってきます。

 

やっぱりみんな、少しお兄ちゃん・お姉ちゃん顔になってます。

 

そして、多くの子どもは
言葉が増えています。

 

子どもが幼稚園に通うようになって、
言葉が増えたり楽しそうに帰ってきたりするのを見て、
ひと安心するママは多いようです。

 

そうなると、次なる問題は「トイレ」。
もっと先に解決することがあるのでは?
と思う場合でも、
「おむつがとれない」
「トイレトレーニングが進まない」
ということが関心ごとの第1位になるようです。

 

論理的な根拠があるのかないのか
確認していませんが、
私の実感としては、
おむつと言葉の発達は
関係があるような印象があります。

 

言葉が遅い子でおむつがとれるのも遅い子は多いです。
例外もいますが、
たいていの子はトイレトレーニングはうまくいきません。
やっぱり、言語理解の力と
おしっこ・うんちを外にするのとは
関係があるんですよ。

 

ですから、
おむつがまだとれない3歳・4歳の子どものママたちは、
子どもの言葉が遅れているなら
トイレトレーニングにはやっきにならないほうが
いいと思いますよ。
言語理解が深まれば
おむつは外せると思います。

 

うまくいかなかったら、
2~3週間くらい放っておいて
また気持ちが切り替わったころに
トライするといいのではないでしょうか。

 

言語理解が深まると、
自分で考える力がつくほかにも、
「○○ちゃんもパンツはいてるんだって!」
といった言葉かけに刺激を受けたりするみたいですよ。

 

日本語を話せない小学生はあまりいないし、
おむつがとれない小学生もほとんどいませんから。
(おねしょはまた別の話になります)

 

おむつをとるのも言葉の発達も、
どちらも同じ方法でオーケー。
親子のコミュニケーションと
親子遊びの質がものをいうのだと思います。

 

 

 

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夏休みはまだ始まったばかりですよ

hinamama 2014年07月25日 

夏休み1週目が終わろうとしています。

 

「子どものころ宿題は最初の3日で済ませた」
というタイプのお母さん、
もう子どもの態度にイラついていませんか?

 

最初のうちに夏休みのイメージを
きちんと持ってもらいたい・・・

 

見通しを立てておいてほしい・・・

 

いつものように最後の一週間に
親子バトルはしたくないから
早いうちに声掛けしておかないと
気が済まない・・・

 

いろいろ言い分はありますよね。
なにより私は、最初の3日で宿題を済ませたクチなので
言わないで黙って待つ、ということが
苦痛でたまりませんでした。
ですから、私も自分の子育ての頃は、
言っても意味がないことをわかっていても
ついついこまごまと言っておりました。
毎年効果はないのだけれど、
言わないと自分の気が済まないのです。
でも今ははっきりと言い切れます。
言っても意味のないことは
3回繰り返してはいけない、ということ。
子どもにも親にもマイナスイメージが
植えつけられてしまいますから。
まだ7月です。
夏休みは始まったばかり。
「7月は、子どもの去年とちがうところを見つける月」
くらいのテーマでいきませんか?
きっとありますよ、
去年と違うところ。
うちにもありましたから。
去年と違う夏を過ごしてくださいね。
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悲しい矛盾

hinamama 2014年07月24日 

なんらかのサポートがないと
学校生活を送れないけれど、
診断がつくほどじゃないよと言われるのが
「グレー」。

 
逆もあります。
発達障害だと診断が出ているのに、
それを説明しても特別な配慮をしてもらえず、
普通級にしか居場所がない子も
「グレー」といえるでしょう。

 

コミュニケーション力が高い子だと
特別支援学校や特別支援級の子と
仲良くできない・・・
普通級もしんどいけれど、
特別支援級もしんどい・・・
こういう子も「グレー」なのだと思います。

 
この子たちは悲しい矛盾を抱えています。

 
たとえば、中学進学を考えた時。
小学校でも大変なのに、
中学に行ったらもっと大変になるのは
目に見えています。
それでも中学の普通級に行かないとだめなの?

 
あるいは、
特別支援級がある中学を選ぶことができても
それで近所に噂が立って
いじめが起こったらどうしよう、と心配して
小学校では通級を利用していたのに
中学ではぱったりそういう支援をやめてしまう家庭もあります。

 

小学校高学年になるにつれて
通級の生徒が減っていくという現象も
あるようです。
中学でばれないように
フェードアウト作戦です。

 
親としては、
いじめが起こったとしたら大変だと思うでしょう。
でもでも・・・

 
小学校の学習が追いつけないとしたら
中学で追いつけるはずがありません。
フェードアウトは実質不可能です。
子どもはますます混乱してしまいます。
ますます勉強についていけなくなる。
だいたい、小学校と違って
中学は過ごす時間のほとんどが
授業なんですから。
子どもを一人、外国に放り出すようなものです。
一日中わからない外国語を聞いているようなものです。
そんな場所で座っていられますか?
あとは爆発するか寝るしかないでしょうね。

 

くれぐれも、
「明日身につくかもしれない力」で
戦おうとしないでください。

 

「今日持ち合わせている力」で
戦ってください。

 

それが子どものためになります。

 

矛盾が生じた時、
ピントは子どもに合わせてくださいね。
将来を決める時も、
子どもの「今日持ち合わせている力」に
ピントを合わせてくださいね。

 

それが幸せの秘訣だと思います。

 

 

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診断があってもなくてもハローワークへ

hinamama 2014年07月22日 

大学生でも、学生が終わった人でも、
仕事が見つけられずにいる人は多いと思います。
あるいは、多くの人がするように、
たくさん履歴書を書いては送って・・・
という作業が億劫で手につかない人。

 

履歴書を書く自信がない人も多いです。

 

コミュニケーションが苦手で
バイトもしたことがない人もいますよね。

 

自分に特性があるから、
ハローワークは対象外なのではないかと思っている人。

 

診断がある人もない人も、
仕事を見つけたいと思う人は
ハローワークに行ってみるといいと思います。

 
これは首都圏の情報なので、
地域によっては受け付けてもらえない場合も
あるかもしれませんが、
仮に診断名を隠して
一般枠で相談に行っても、
自分の苦手などを丁寧に相談すれば
ハローワーク内の心理相談員を紹介されて、
自分の進路について
トータルに相談にのってもらえるところが多いと思います。

 
一般枠で相談に行ったつもりが、
自立支援医療の援助を勧められたという人もいます。

 
自立支援の手続きをしてから、
障害枠で仕事を探すか、
精神障害者のデイケアや
職業訓練所に通うという選択肢も
教えてもらったそうです。

 
働きたい、という意思がはっきりしている人は
ハローワークに足を運んでみるといいですね。

 

もちろん、
そんなこと知っているけれど、
ハローワークに行くこと自体が
敷居が高いんだよ、という人もいますよね。
今日の記事はそういう人にはお勧めしません。

 
行動できそうだけれど、
方法がわからない、という人に
お勧めです。

 
ちなみに、地方自治体(市役所)の
健康福祉課にも就労支援センターが
設けられています。

 
こちらの方がハードルが低いでしょうか。
ただし、こちらの場合は
ご自身に病識がないと
(自分の障害を認めていないと)
行けません。

 

地域により違いがあると思うので、
調べておくといいでしょうね。
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大統領さん、日本人なんだから「発達障害」でいきましょう!

hinamama 2014年07月20日 

自分はアスぺだと思っていたのに
アスぺという言葉がなくなる・・・

 

自分はADHDだと思っていたのに
自閉スペクトラム症になってしまった・・・

 

その名前で自分の中で折り合いをつけ、
ある意味あきらめを見出していたのに、
今更その自己イメージを変えろなんて。

 

大統領さんもそんな気持ちでしょうか?

 

でもね、今回の取り決めは、
アメリカ人が勝手に決めたことですよ。
もともと「アスペルガー障害」という言葉も
アメリカの診断マニュアル、DSMで扱われた言葉。
今までは
ADHDは主に行動面での特性が目立つので、
行為障害と一緒に扱われていたのですが、
今回は
ADHDにも色々な(行動には見えない)特性があるわけで、
それで「スペクトラム」という概念に仲間入りしたのだと思います。

 

大統領さん、ここからが本題です。

 

世界はなんでもかんでもアメリカが中心ですよね。
精神医学もそうなんです。
小保方さんの時もそうだったと思いますが、
とにかくアメリカで評価された論文がものをいうんです。
そのアメリカが決めた定義(病名)で論文を書かないと
世界で通用しないらしいですよ。
だからマスコミでも一般にも
アメリカが決めた診断名が有名になっていくんです。

 

どうですか?
こうやって考えると、
もう病名なんてどうでもよくなってきませんか?
私はどうでもよくなってきます。

 

日本人なんだから、
「発達障害」でいいんじゃない?

 

一昔前は、
「発達障害」という言葉も評判がよくありませんでした。
「障害」という言葉が使われているから。

 

でも、アメリカの変化と比べると、
「発達障害」の方が
よほど症状のことを表しているように思えてくるのは
私だけでしょうか?

 

どれだけ診断名が変わったって、
私たちは何も変わらないのですから。

 

療育のかたちも、サポートのしかたも
何も変わらないのです。

 

青木さんが自分の人生をかけてあみだした
サポートのやりかたが
変わることはないし、変える必要もありません。
診断名はころころ変わるけれど、
青木さんの経験から生まれた理念は不変です。
「自閉スペクトラム症」という新しい名前。
こうとらえてはどうでしょうか。

 

みんながみんな、スペクトラムになった今、

 

「へえ、君、スペクトラムなの。
じゃあ、どんなところが苦手なの?」

 

「私はこんなところが苦手なの」

 

こんな会話ができるようになるチャンスかもしれません。
特別な苦手がある人が「自閉スペクトラム症」なだけです。

 

というか、そういう会話ができるようになるといいな、
と私は強く願います。
日本も早くそういう世の中になるといいな。
大統領さんのブログはこちらです。

 

「発達障害な僕たちから」
このブログはみなさんご存知だと思いますが。
大統領さんのほか、ヒロさんなど、
NPO法人青少年生活就労自立サポートセンター名古屋の方々が
作っている当事者による貴重なブログです。

 

 

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手持ちの力で生きるしかないことを当事者が語っていた

hinamama 2014年07月19日 

先日、「人は手持ちの力で生きる以外にない」
という記事を書きました。

 
苦手が多い子、遅れがある子に対してはつい、
今そなわっていない力を身につけさせようと
親はやっきになってしまいがちですが、

 
どれほど明日に向かって
次の力を身につけることに懸命になっても、
人は「明日身につくかもしれない力」で
今日を生きるわけにはいかない。

 
なぜなら今日の時点では
今日ある力しか持ち合わせていないから。
こんなことを書きました。

 

そして、今頃気づいたのですが、
過去の私の記事に、
当事者が同じことを言っている記事があったことに気づいたのです。

 
「心に響く当事者の言葉」
という記事のことです。

 
想像を絶するような経験を重ね、
(よく今まで生きてきたねと言いたいくらいの)
今は苦しいながらも自分の居場所を見つけ
働いている当事者の言葉です。
今一度、ご紹介します。

 
「昔は、この先、あんなこともできるかも、
こんなこともできるかも、と
色々な可能性を信じて想像していたけれど、
今は、
『これっぽっちしかできない』と
思って生きている。

 

『これしかできない』と思うのは、
はあーっ、なんだかな、と
ため息が出ちゃうけど、
それでも、あれもこれもと考えていた方が
苦しかった。

 

『これしかできない』という中で、
精一杯やることの方が
落ち着いて過ごせるし
満たされる。」

 

何度読み返しても素晴らしい言葉だと思います。

 

これは
「人は手持ちの力で生きる以外にない」
ということを、当事者が当事者の立場から語った言葉です。

 

 

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国語で行間を読めない

hinamama 2014年07月18日 

昨日は「シングルフォーカス」という
自閉スペクトラム症の特性について
お話しました。

 
今日はまた違った特性であり、
学習面で困難がある子によくあることを
もうひとつ紹介します。

 
それは、国語の読解で
行間が読めないということです。

 
(臨床心理学No.82、P.491
青山新吾先生の論文から)

 
小4の国語の教科書に
「一つの花」という今西佑行の文があります。
(戦時中、幼いゆみ子がなぜ食べ物が十分にないのかが
理解できず、それを母親が不憫に思うという切ないお話です。)

 

「すると、ゆみ子のお母さんは『じゃあね、一つだけよ』
と言って、自分の分から一つ、
ゆみ子に分けてくれるのでした。
『一つだけ、一つだけ』と、これが、
お母さんの口ぐせになってしまいました」
という一節がある。
この部分の読み取りに際して、
ゆみ子の母親は、
子どもを甘やかす悪い母親であると
考えた子どもがいた。
この子どもは、このように言えば
何でももらえることを
ゆみ子に教えてしまったのだと考え、
ちゃんと子育てができないダメな母親と
考えているのだった。

 

この子どもには、日常生活のなかで、
「いくらやりたくてもダメなものはダメ」
という考え方を指導されてきたという
経歴がある。
本人もそれを納得して受け入れ、
自制して暮らしているとのことだった。
その自分自身の経験を
この物語の登場人物に重ね、
「許せない!」と思っていると思われた。

 

ちなみにゆみ子はまだ幼い子どもであると思われる。
(小4よりもはるかに年下)
しかし、「一つの花」の文中で、
ゆみ子の年齢は記述されていない。
指導教師は、ゆみ子の年齢をその子に
考えさせることによって
ゆみ子が「一つだけ」ということが
許せないことではないことを
伝えようとしたが、伝わらなかった。

 

そういったことが
「どこにも書いていない」ことを理由に
受け入れられなかったとのことだった。

 

これは、直接に言語化されていない
「行間」の読み取りや心情推察の困難さなどが
顕著に現れているエピソードである・・・

 

順を追って、ゆっくりと個別に説明すれば、
理解してもらうことはできると思いますが、
学校の限られた時間数では
子どもへの個別指導はできません。

 

こういった「行間」が読めない子どもには、
通級や特別指導学級での個別指導が必要だと思います。

 

そういった支援を受けられない場合は、
家庭学習でできることはトライしたほうがいいでしょう。

 

子どもに音読させながら、
こちらは聞き手になって、
話に興味があるように演じて、
「へええ~なんでなんで?」と
問いかけてみたり、
「ひどいねえ~なんでそんなこと言うんだろう」
と口を挟んでみたりして、
子どもがどこまで話を把握しているか
確認してみるのもよいと思います。

 

でも、こういうやりとりを成功させるには、
子どもが音読を嫌がらな場合に限りますよね。
音読をやりたがらない子の場合は・・・
まず、やりたがらない理由の究明と、
音読に対する負の感情の修正から
試みないといけませんね。

 

いずれにしても、
上手に専門家の力を借りられるといいですね。
(療育の先生や通級の先生や塾の先生など)

 

 

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