今月は精神疾患の診断規準について、

アメリカの診断マニュアル「DSM-5」

を引用しながらお話ししています。

 

 

特に神経発達障害については

そのグループ分けや診断規準が変化しています。

 

 

ADHDが発達障害の仲間に入ったことや、

「いくつあてはまれば陽性」という考え方をしなくなったこと、

17歳以降でもいくつかあてはまれば発達障害と認められること、

こういった変化がここ10年で起こっています。

 

 

ところが、20年にも渡って、

定義(基準)が全く変わらない所があるのです。

それは文部科学省です。

 

 

文部科学省では発達障害の定義について発表していますが、

学習障害の定義はこのようになっています。

 

 

学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。
学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。

 

 

これは平成11年、いいですか、みなさん、

へいせいじゅういちねんに発表された文言がそのまま、

平成30年の今日も変わらず掲載されているのです。

 

 

杉山登志郎先生は、この定義についてこう述べておられます。

「これでは発達障害のすべてではないか。

こんな定義を使い続けることが

教育における科学の否定に直結しているのだ。」

(「臨床家のためのDSM-5虎の巻」日本評論社)

 

 

本の中に、とある高名な校長先生が

「教育は科学ではなく愛だ」と言ったと書いてありましたが、

愛なんてすべてにおいて大前提のものですよね。

科学を無視して愛ばかり語っている場合じゃありませんよね。

こんなざっくりとした表現を20年も続けているから

各地の学校現場の対応が変わらないんじゃないですかね。

 

 

まったくやる気を感じませんよね。

 

 

行政はあてになりません。

民間にも格差があります。

特に学習障害については

幅広い議論が必要だと思います。

なぜなら、「学習」という側面は、

義務教育中のすべての子どものテーマだからです。

 

 

発達障害における「学習」と

定型発達における「学習」を、

本当は分けて考えなければならないところを、

親御さんはついつい混同してしまいます。

そこをしっかり分離して指導・アドバイスしてあげないと

「学習指導」は大変に誤った方向へ進んでしまう危険があります。

 

 

どういうことかというと、

「学習障害」の子どもの学習向上に夢中になりすぎると

「学力をできるだけ普通のレベルにもちあげる」

ということが目標になってしまう危険があるということです。

 

 

できるだけ普通に近づけることが

学習指導の目標ですか?

 

 

違いますよ。

 

 

子どもが授業中「お客さん」にならないため。

子どもが学校を楽しいと思えるようになるため。

子どもに達成感を味わわせるため。

子どもの自己肯定感を上げるため。

でも、

 

 

それでも一番大切なのは

子どもの学習場面に寄り添うことで

親が子どもの苦手を把握すること。

 

 

そして、その苦手さからかんがみて、

将来どのように指導すれば進学や就職ができるのか、

それを親が見極める材料とすること。

 

 

できない勉強をできるようにするのではなく、

できなさを正確に把握して

これから何ができるのかを推測してゆくこと。

 

 

学習能力なんて、

そういうことを考える「材料」でしかないと

思うんですけどね。

 

 

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