忙しい毎日に非日常的なものが欲しくて、

久しぶりによしもとばななの小説を読んでいます。

タイトルは「王国」。

 

 

山奥で薬草茶を売る

スピリチュアルなおばあちゃんに育てられた主人公。

世間から離れた少女時代を終えて、

東京でこれまたスピリチュアルな青年の

仕事の手伝いのバイトをすることになります。

 

 

この子は言ってみれば

公認されたひきこもり。

 

 

そんな境遇の彼女がつぶやく言葉が

すごく真理をついているんです。

 

 

たとえば・・・

 

 

たいていの毎日はなんということなく過ぎていくが、その中にいろいろなつながりがあって、

朝の光につやめく蜘蛛の糸のように、最後には美しい形を見せることがあるからだ。

その中にはひからびた虫だとか、一見醜く見えるものもたくさんある。でも、そこにあらわれたものはきっと、

大きな大きな目で見れば、全てがすばらしいもの、かけがえのないものなのだ。

 

 

ただただ同じ毎日の繰り返しに見えて、

無駄なことなんてなにひとつない。

無駄と思えることのひとつひとつが繋がって、

最後には一本の糸になって、

その糸で人のこころは紡がれるのだ・・・

ってことですよね。

 

 

長い山ごもりの生活を振り返って、

彼女はこう表現します。

 

 

少し前は失ったものを嘆いてばかりいたが、今となってはなにも失ってなんかいなかったことが

なんとなくわかる。

自分の体と心と魂、それを持ってさえいれば、欠けるものはいつでもなにひとつなくて、

どこにいようと同じ分量の何かがちゃんと目の前にあるようなしくみになっているのだ。

もしそう感じられないのであれば、それは本人の問題に過ぎない。

 

 

自分の体と心と魂(精神)は、

減ることも欠けることもない。

そして、誰の目の前にも平等に、

同じ分量の何かが必ずあるしくみになっている。

世の中はそういうシステムになっているのだから

心配しなくていいのだということですよね。

ただし、目の前の必ずある「それ」に

(なんでもない日常の一コマにあるそれ)

ちゃんと気づかなくてはならない・・・

気づくか気づかないかは本人の問題・・・

 

 

そして、自分の人生をこう表現しています。

 

 

じつのところ他の人生を選べなくてそこに流れついてしまったから仕方なく一生懸命毎日に参加しているだけな

のだ。

 

 

仕方なく流れついたそこで、一生懸命毎日に参加する。

この子はそれでも全然悲しくないし後悔もない。

別に流れついたことは悲しいことではないから。

 

 

人生は選べるものだと思うのは

現代人の錯覚ですもの。

 

 

彼女はむしろ、「一生懸命毎日に参加」した先に

何が待ち受けているか、

待ち遠しくさえあるように思えます。

 

 

そのとおりだよなー

と思った今日でした。

 

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